こんにちは、「ゆーの」こと田中優之介です。
ある劇団で演技指導をすることになったのですが、自分の思考整理のためにもこれから数ヶ月間「演じる」の基礎を鍛えるアクティビティを紹介していきたいと思います。
今回紹介するのは【『ふれない握手』で感じる】です。
このアクティビティは、臼井隆志さん(@TakashiUSUI)が企画・ファシリテーターを務めていたファシリテーション・プラクティス 観察と造形の基礎トレーニングの内容を参考にしています。
『ふれない握手』とは
『ふれない握手』は、2人1ペアでおこなうアクティビティです。2人に向き合ってもらい、普通の握手のように握手しようとしてもらうのですが、手と手が触れる直前、“未握手”の状態で動きを止めてもらいます。
このとき、自分の手と相手の手の間の距離は変えない、ということに注意するよう伝えます。つまり、「あ、相手の手が遠ざかった」と思えば自分の手で近づけける、など、参加者は自分と相手の手をよく観察しながら“未握手”の状態を続けなければいけない、ということです。
これが今回のアクティビティで使用する『ふれない握手』です。
導入
まず参加者に、セリフを交わすシーンがある2人でペアを組んでもらうように言います。このアクティビティの概要を軽く説明し、さっそく始めます。
①『ふれない握手』を3分間継続する
まず参加者には、何も考えず『ふれない握手』を3分間継続してもらいます。その際、手や体には力を入れず柔らかくしてほしいこと、とにかく相手の手と自分の手の間の距離を一定に保とうとしてほしいということを伝えます。
この3分間は、想像以上に忙しくなります。動かすつもりはないのに手が自然と動いてしまったり、どうしても相手の手が遠ざかり続けるように見えて焦ったりなど、さまざまな現象がペアの間に生まれ続けます。
演技において大事なことの一つに、「相手の存在を無視しないこと」があります。しかし、実際の稽古場ではセリフや動きなどに気を取られてどうしても「相手がいる」という意識は頭の端に追いやられがちです。
この『ふれない握手』では、不安定な“未握手”を維持しようと意識が働き続けるため、通常の握手をするよりも相手の存在を気にかけることができます。
しかも、その相手も自分のことを気にかけてくれているため、ペアの間には双方向的関係が生まれ、参加者のなかには“繋がっている”という感覚を感じるものもいるでしょう。
その意味ではもしかすると、この『ふれない握手』はふつうの握手よりも”握手らしい”のかもしれません。
②『ふれない握手』のままセリフを読む
「相手の存在を気にかけること」が体験できたら、次にその感覚をもちながらセリフを読みます。
やることはカンタン。①でやった『ふれない握手』はそのままに、台本を持って2人が会話を交わすシーンのセリフを読むのです。
実際にやろうとすると参加者は、手と台本の両方を気にかけなければいけないためこれが想像以上に難しいことに気づきます。もし両方を気にかけることができなくなりそうであれば、セリフを読むことより『ふれない握手』を優先してほしいことを伝えます。
つまり、普段舞台上でセリフを読むときのように声で演技をしたり、発声を頑張ったりしなくていいということです。あくまで、相手との“関係”のうえにセリフや演技が構築されていくことを大切にします。
舞台上ではセリフに必死になってしまいがちなものですが、そこに『ふれない握手』が割り込み、相手の存在を無視できないものにします。これをやっていると、参加者の中にはセリフに実感が伴いはじめる印象が生まれることもあるかもしれません。
③観客とも『握手』をする感覚をもつ
今回のアクティビティでは、最後に非常に難しいことを要求します。
それは、舞台上にいる相手役者だけではなく、今まさに目の前にいる観客とも『ふれない握手』をしている感覚でセリフを読んでもらう、ということです。
②でやっていたことを観客(または、観客役の参加者)の見ている前でおこなう、というシンプルなことなのですが、”観客とも『ふれない握手』をしている感覚で“という制限が、③を苦しいものにします。
もちろん、人間には手は2本しかありませんし、舞台上にいる役者は観客と握手できる距離にいないことがほとんどでしょう。しかし、観客の存在は、今目の前で『ふれない握手』をしている相手役者と同じくらい無視してはいけないものだと僕は思います。
(たまに、どことなくセリフが頭に入って来ない印象を受ける演劇がありますが、そのような演劇は観客の存在を十分に意識できていないことが原因なのではないでしょうか。)
話を戻しますが、③はこのアクティビティの中でも特に難しいと思います。
指示の抽象度が高くわかりにくいですし、そもそも3つ以上のことに意識を集中し続けるなんて本当に人間ができることなのか、と疑いたくもなります。
しかし、実際にやってみたときに出た参加者からのコメントなどから、
・見えている範囲から見えていない範囲に徐々に『握手』の範囲を広げていく
・たくさんのことを一度に意識するのは難しいので、意識を移すスピードを上げる
などが手がかりとしてありえることがわかりました。
まとめ
このアクティビティは、ふだん“なんとなく”で読めてしまうセリフに別の視野を投じるために生まれたものです。
なんとなく読めているセリフは、本当に”読めて“いるのだろうか?
この疑問を心の中に常に抱くことができると、1つ1つのセリフに内実がより生まれてくるのだと思っています。
今日はとても演劇らしい話をしてしまいましたが、抽象化すればこれは「”なんとなく“を様々な文脈で再解釈する」アクティビティだとも言えます。
とくに、『ふれない握手』によって”相手と一緒に居る”、“観客に見られている”という身体的な体験を伴う”文脈“を生成することが可能になっています。
ぜひ、なにかの機会に思い出していただけると嬉しいです。
次回も、おたのしみに!